「駆け出しマネジャーの成長論〜7つの挑戦課題を「科学」する」中原淳 著

5月9日に発売された東京大学中原淳先生の「駆け出しマネジャーの成長論」、発売前にご恵投いただいてようやく読了できた。発売日前にお届けいただいておきながら記事を書くのが非常に遅くなったことに大変恐縮しつつ、書評と言うのはあまりにおこがましすぎるので、覚え書きを兼ねた読書メモを書かせていただく。


本書を一言で紹介するとしたら、「駆け出しマネジャーが自身の役割を正しく捉え、変化に戦略的に対応する過程を科学的・実践的に考察した一冊」といえる。本人必携、その周りの人たちも必読である。なぜなら、ここに書かれていることは「駆け出しマネジャー」だけに関係することではなくみんなにとって「自分ごと」だからだ。


プロローグで、本書の目的についてこのように書かれている。

本書は「マネジャーになっていくプロセス」と、そのプロセスをいかに乗り越えればよいのかを、解き明かすことを目的とします

本書全体を流れるトーンは、「マネジャーたるもの、必ず…すべし」とか、「マネジャーであるならば、強くあるべき」といった既存のマネジャー向け実務書に見られるような“規範論”とはやや異なります。

なぜなら、僕自身も、実務担当者からマネジャーへの移行のプロセスにいる「駆け出しマネジャー」のひとりであるからです。

マネジャーに関する科学の知、そして、これまで積み重ねてきた現場のマネジャーたちの声を重ね合わせ、読者の皆さんと「マネジャーになることの旅」をいかに乗り越えていくかを考えていきたいと思います。

これまでマネジャーに関して書かれた書籍というと、「〜するべき」という「べき本」や「〜あらねば」という「ねば本」、「オレはこうしたんだぜ」という「オレ本」が多くを占めているように感じるが、本書は著者自身の「マネジャーへの移行」の途上で感じた疑問や違和感、悩みなどを実感として織り込みつつ、アカデミックな知見と実践者へのインタビューデータを使ってプレイヤーからマネジャーへの移行のあり方、課題、対処策などを具体的に分析・提示しているため、納得感の高いものになっていると思われる。(「思われる」と書いているのは、私自身はマネジャーではなくプレイヤーであるため、周囲のマネジャーを見たり彼(彼女)らから聞く話を通して想像しているため)


第一章でまず「マネジャーとは何か」という定義の確認から始まる。

マネジャーとは「Getting things done through others」
「Getting things done」=「物事をなし遂げた状態にすること」
「through others」=「他社を通じて」実現すること

そして

マネジャーになるプロセスとは、「“仕事のスター”から“管理の初心者”に“生まれ変わること”」

つまり

「エキスパート」としての自分のあり方を一部棄却(捨て去ること)を通して、「自分以外の人」に「仕事をさせること(任せること)」が求められる

これは非常に大きな変化であり、プレイヤーからマネジャーへの移行において難しいところなのだという。現に調査結果では3割のマネジャーが移行につまづいているというデータもある。

だからこそマネジャーは

この移行期間--何かが終わり、新しい挑戦課題が生まれる時間--を「戦略的」に生き抜く必要があります

のであるという。

それでは、どう「戦略的に生き抜く」のかを、これ以降の章で順次書かれていく。そこで必要な手順として「リアリティ・プレビュー」→「リアリティ・アクセプト」→「リフレクション」→「アクション・テイキング」→「リフレクション」→「アクション・テイキング」の流れを挙げており、まずは「リアリティ・プレビュー」=「実際どういうことが起きているのか」を共有するところから始めていく。


第二章でまず、昨今のマネジャーへの移行を難しくしている、5つの職場環境の変化をこのようにまとめている。

(1)突然化:ある日、いきなりマネジャーになる
(2)二重化:プレイヤーであり、マネジャーでもある
(3)多様化:飲み会コミュニケーションが通用しない?
(4)煩雑化:予防線にまつわる仕事は増える
(5)若年化:経験の浅いマネジャーの増加

それぞれの詳細は本書を参照していただきたいが、今のシニアマネジャーたちがマネジャーに登用された時代とはこんなにも環境が変化しており、そこが彼らへの支援を難しくしている一因になっているとも言える。


そして第三章では、新任マネジャーが実務担当者からの移行において乗り越えなければならない課題として下記の7つを挙げている。

(1)部下育成 (2)目標咀嚼 (3)政治交渉 (4)多様な人材活用 (5)意思決定(6)マインド維持 (7)プレマネバランス

これらの課題に対して、「第4章 成果を挙げるため、何を為すべきか――リフレクションとアクション・テイキング」でひとつひとつ考察していく。その際、研究知見やデータにより「挑戦課題への対処法に『骨格』を与え」、現場で働くマネジャーたちの声で「その骨格を『肉付け』」させることで、読者である駆け出しマネジャーが「では、自分はどこから手をつけたらいいのか」「自分は具体的にどうしたらいいのか」を考えやすくしているのが本書の大きな特徴のひとつと言える。具体的な対処案に対し、読者の中には「これは違う」と感じるものもあるかもしれないが、ここに書かれていることを素材として、自身に腹落ちするやり方を見つけてもらえばいいのではないかと思う。これは決して「教科書」ではなく「考え方の提示」なのだから。


その後、「第5章 マネジャーの躍進のため、会社・組織にできること」で「『マネジャー目線に立った組織からの支援』はきわめて少ない」現状を挙げ、「組織の中核をになわせるのであれば、合理的かつ戦略的な支援のあり方を考える必要がある」とし、人事・人材育成部門に具体的な提言をしている。

印象的だったのは、その中で経営層にもこのように直言されていること。

自分たちも学んでほしい
率先垂範・言行一致してほしい
社員が学ぶ環境をつくってほしい

ドルマネジャー育成は経営に直結する重要課題であり、それを口にするならぜひ「率先垂範・言行一致」をしてほしい、と強く書かれている。現場として非常にありがたい提言である。


印象的だったのは、あとがきに書かれているこの言葉。

目標に掲げた「アクチュアリティのある研究」とは「今まさに、多くの方々が格闘している問題」と取り組む研究と言うことであり、また、「誰もが今悩んでいるみんなの課題」をアカデミックな切り口で、なるべくわかりやすく、平易に、分析し、語ることに他なりません。「人生の正午」と形容される40代を目前にひかえ、「地に足のついた研究」がしたいと、最近切に願うようになりました。

以前からこの部分がまさに中原先生に学ぶところが大きいと思っていたことであり、現場にいる人間として「アカデミックの知見を現場で活用する」お手本とさせていただいている。今後とも勝手ながら心の師匠としてついていきたい所存である。


尚、本書は実務家を読者として設定している一般書であるため、記述は平易で専門用語は少ない(いきなり「北斗の拳」が出てくるくらいである)。より詳しい理論的背景やデータを知りたい方は注釈にある文献か、中原先生の他の著書「経営学習論」「職場学習論」をお読みいただくとよいだろう。(あそこで書かれていたこのデータが、この分析がここでこうなったのか、と私自身は何度も思いながら読んでいた。)


最後に、中原先生、刺激的で興味深い一冊をご恵投いただき、本当にありがとうございました。

経営学習論: 人材育成を科学する

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職場学習論―仕事の学びを科学する

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