「研修開発入門」中原淳 著

3月に発売された東京大学中原淳先生の「研修開発入門」、連休前にようやく読了できた。かなり時間が経ってしまったが、覚え書きを兼ねた読書メモを。

本書は2006年出版の「企業内人材育成入門」の実践編として、これから初めて研修開発をする人をメインターゲットに執筆された、とある。

中原先生のブログ記事「「研修開発入門:会社で教える、競争優位をつくる」が刊行されます!」には、内容についてこのように書かれている。

本書は「研修」に関する「サイエンス」と「実践知」の混成体です。
 サイエンスとして参考にしたのは、組織論(人材開発研究)の中の諸研究(研修デザイン研究、研修評価研究、研修転移研究)等の知見、教授デザインに関する研究の知見です。それらをふんだんに集め、最新の知見を、なるべくわかりやすく反映することにつとめました。
 しかし、研修開発の実務は、サイエンスの知見だけで語りうるものではありません。むしろサイエンスで語り得ることは、それほど多くはありません。それらを語りうるには、現場で発揮される実践知がどうしても必要です。
 よって、「研修開発の実践知」を抽出するため、僕は「企業教育関係者の実践知」を集めることにしました。本書を執筆するにあたり、筆者は、研修実務を担当する実務家30名に定性的なヒアリングを行い、その実践知を収集することにつとめました。

企業研修の歴史概観から始まって、研修開発のプロセス「企画→デザイン→講師選定→研修広報→研修準備→研修実施→研修フォローとレポーティング」に沿って書かれており、理解しやすい構成になっている。また内容も、上記で先生が書かれている通り、研究による知見と企業研修の実践者へのヒアリングによる事例や実践知がうまく組み合わさっていて、具体的な記述は全体的に納得度が高い。実践知は理論の裏付けがあって初めて汎用的ノウハウとして安心して使えるからだ。そして一般向けということで、イラストや図表を多く使い、アカデミックな用語もかみ砕いて使われているので、「大学の先生が書いた」という心理的ハードルはかなり下げられていると思われる。


新任の人材開発担当者のサブテキストとして、これを手元に置きながら、現場での実践と共に学んでいくことができるのと共に、ベテランも自分たちの取組みを振り返ってブラッシュアップすることができる、極めて実用的な一冊である。特に「第9章 研修実施:「教えること」の技法② メインアクティビティ編」にあるファシリテーションに関する考え方や様々な技法は、「自分はできている」と思っている社内講師の皆様にこそ一読いただき、この視点に基づいた他者からのフィードバックを受けてほしい。


印象深かったのは、袖の部分に抜粋されているこの一節。

誤解を恐れずに言うのであれば、企業の研修の目的とは「教えること」ではありません。教えることは「学習者に学んでもらうこと/変化してもらうこと」の「手段」であって「目的」ではありません。
例えば、あなたが今、さまざまな手法を用いて、何らかの知識を「教えた」とします。もし万が一、研修の目的が「教えること」にあったのだとしたら、その目的は達せられたことになります。
しかし、繰り返しになりますが、研修の目的とは「学習者が学ぶこと」、その上で、学習者に「変化」が起こることです。教えたとしても、「学習者に変化」が生まれなければ、目的を達成したことにはなりません。(中略)さらに話を進めると、企業の研修とは「学ぶこと」だけで止まってしまっては不足があります。「学んだあと」で、当人が職場・現場に帰り、成果につながるような行動を取ることができること−すなわち−「仕事の現場で成果につながるような行動を取ることができること」が目的になります。(第三章 研修のデザイン① より)

「研修をつくる」ことに集中してしまうと、つい研修という「手段」が「目的」になってしまいがちなのだが、研修の目的はあくまで「仕事の現場で成果につながるような行動を取ることができること」なのだ。そこまで見据えた場合、人材開発担当者は「学習行動」だけでなく、組織の中で人がどういう行動をとり、何が人の行動を阻害し、何が促進するのかといった「組織行動」への知見もある程度は求められてくるのだろう。安定した研修運営をしているだけでは、まだまだ道は険しく遠い。(もちろんそれも多くのノウハウを必要とする重要な要素のひとつではあるのだが)


そして一方思ったのは、ここまでプロセスやノウハウを詳細に解説されると、研修や人材開発の「プロ」はどこでプロフェッショナリティを発揮するのか、何を持って「人材開発のプロ」と言えるのか、ということ。これまではこの本にあるようなことを経験知として提供できればそこそこ評価されていたのだろうが、こういった形で出てきた以上、少なくともこの本に書かれていること以上の価値を提供できる存在でなければならないはずである。それは何なのか。そういったことを突きつけられる一冊でもあった。このあたり、自分に問いかけ続けていきたい。


発売後のブログ記事「「研修開発入門」、発売開始になりました!」で中原先生もこのように書かれている。

 本書は「対話の素材」になることを願っています。
 そして「加筆されるため」に生まれてきました。

これは完成形でなく、ここからさらに私たち実践者のノウハウや知見を加えていくことで、より説得力のある研修をつくっていけるようになるのだろうと思う。加筆するのは私たちだ。

企業内人材育成入門

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