ワーク・ライフ・バランス実現に向けた具体策の展開について

これも以前集中講義で受けた「カウンセリング特講8“キャリア・ストレスとワーク・ライフ・バランス”」のレポート課題を修正したもの。

                                                              • -

1.ワーク・ライフ・バランス実現を目指す背景
 昨今「ワーク・ライフ・バランス」が重要視される背景として、2007年7月に発表された内閣府男女共同参画会議による「「ワーク・ライフ・バランス」推進の基本的方向報告〜 多様性を尊重し仕事と生活が好循環を生む社会に向けて〜」は「「少子高齢化・人口減少時代を迎え、これまでの働き方では、個人、企業・組織、社会全体が持続可能でなくなる。仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)の推進は、こうした状況を克服するために、今喫緊に求められる取組である。」という問題意識を提示している。さらに他国の状況として「諸外国の例を見ると、アメリカでは、1980 年代後半以降、ワーキングマザー支援(保育支援を中心とするワーク・ファミリー・バランス)から従業員一般に対し支援内容も拡大した「ワーク・ライフ・バランス」の流れにつながり、イギリスでは2000 年に官民を挙げた「ワーク・ライフ・バランス・キャンペーン」が始まった。また、EU諸国では柔軟な働き方を選択できるよう労働条件の整備に取り組んでいる。」と先進的取り組みを紹介している。
 同報告書の中で「ワーク・ライフ・バランス」とは、「老若男女誰もが、仕事、家庭生活、地域生活、個人の自己啓発など、様々な活動について、自ら希望するバランスで展開できる状態である。」と定義し、「このことは、「仕事の充実」と「仕事以外の生活の充実」の好循環をもたらし、多様性に富んだ活力ある社会を創出する基盤として極めて重要である。」としている。
 一方これまでの日本社会で望ましいとされていた働き方は、仕事は男性・家庭は女性という性的役割分担を前提とし、賃金労働者を中心とした職業と生活の二分極化による「精緻化された分業」であった。第二次大戦後の復興にはそれが有効に機能していたが、経済成長の鈍化と経済のグローバル化、情報化社会の到来により人的資源の集中投下の効果が上げにくくなってきた。それに加えて「精緻化された分業」の弊害、つまり20世紀型の働き方の行き詰まりとして職住の分離による地域の空洞化の問題点がさまざまな形で露呈されてきた。
 そう考えると、「ワーク・ライフ・バランス」とは女性が育児と仕事を両立することに限定されたテーマではなく、あらゆる年齢層の性別を超えた「働き方・生き方に関する価値観のパラダイムシフト」であると言える。

2.企業で働く人にとってのワーク・ライフ・バランス
 私自身は企業内キャリアカウンセラーとして、社員のキャリアに関する相談業務に携わっているが、ワーク・ライフ・バランスに関連した相談の割合は決して少なくないと感じている。特に女性に多いのが、現在長時間残業が当たり前の職場にいて、結婚後同じような働き方は無理であると考えた時今後の仕事をどうすればいいのか、といった悩みや、育児や介護に伴って仕事に時間を割けなくなり、責任を伴わない業務しか任せてもらえなくなったり、低い評価が続くためモチベーションが低下しているという悩みである。また最近比較的若い層の男性からも、長時間残業と休日出勤で家庭の役割を果たせず配偶者から責められてつらい、という話を何度か聞くようになってきた。さらに長時間残業が常態化しているため自己啓発や趣味などへの取り組みが時間的にも体力的にも難しいという声も聞く。個別の相談の中では、相談者本人の中での優先順位の明確化と少しでも改善するためにまず何ができそうか、ということを整理していくが、それが問題の本質的な解決にはなっていないことも十分承知している。本人や職場グループの努力や工夫で何とかできることは限られており、本来は企業の仕組みそのものの課題であると言えよう。
 最近では長期ボランティア活動や勤務しながら学問の場に戻る社会人大学院等への通学支援として、勤務体系や休暇体系の柔軟な見直しを求める声も増えている。
 こういった数々の相談事例から、企業の中に、新しい働き方=生き方としてのワーク・ライフ・バランスを求めている人達は数多くいることは間違いない。

3.阻害する要因と課題

 ワーク・ライフ・バランスが実現されていないのには、阻害する要因が多くある。中でも大きな問題と感じているのが、長時間勤務を前提としているとしか思えない、つまり持続可能性の低い事業計画とワーカホリズムの「不幸な結婚」である。
 ワーカホリズムは「仕事への高い関与」「仕事への内的な衝動性の高さ」「仕事を楽しまない」ことが特徴とされ、ワーカホリックな人達は「職務ストレスが高い」「健康上の不満が高い」と言われている。さらにその中でも仕事への衝動が高くなるとネガティブな影響に結びつきやすく、時間関与の高さにつながって、過重労働から過労死や過労自殺などに結びつくリスクが高まるという研究結果がある。
 このように問題が多いとわかっていても長時間勤務をせざるを得ない理由は、会社に時間をより多く提供できる人間が評価されるという組織のあり方であり、ひいては事業のあり方だ。
 もちろん性的役割分担意識など根強い偏見も阻害要因として依然として存在しているが、企業の中では長時間勤務による生活者としての役割破壊の問題の方がより影響力が大きいと考える。
 また、ワーク・ライフ・バランスは生き方そのものであるため、実はひとつの企業とひとつの家庭との間だけでは解決できない。そこには「地域の中で何ができるか」という視点も加わってくるが、長時間勤務の結果地域活動は優先順位が低くなりがちであり、どう参加していいのかわからなかったり、職場と地域の分断の歴史が長かったため、いざ活動した時に企業活動の方法論を持ち込んで失敗したりといった違う世界での作法の難しさが壁になっていると考えられる。

4.施策案〜新しい時代の幸せな働き方を実現するために

 ワーク・ライフ・バランスを実現するための具体的な施策案だが、やはり鍵になるのは企業である。ただし企業が推進するには、それが経営的に価値を生むということが必要であり、そういう意味でワーク・ライフ・バランスの社会的評価や価値などを高めていくも重要となる。
 具体的には、ワーク・ライフ・バランス指数を指標化し、企業評価の数値化を実現すること、また既に埼玉県や兵庫県で一部実施されているがワーク・ライフ・バランスの推進を公共団体への入札条件とするという手法もある。さらに市場システムの中でCSR投資のような「ワーク・ライフ・バランス投資」の実現、ワーク・ライフ・バランスによる企業格付けの実施なども社会的影響力という観点で有効であろう。
 ※参考:CSR投資について
「企業の社会的責任と社会的責任投資」RIETIコラム(2004/01/20)

米国では、NPOなどの市民社会組織が主体となって、企業活動を監視し社会的責任を問う動きが盛んになってきた。その動きは、CSRを果たしている企業を株式投資先に選定するといった、資金の流れを通じて促進されている。

 また企業での取り組みとしては、既に先駆的な事例を見ると、人事制度からのアプローチと社内外のコミュニティ活動の推進というアプローチがあった。
 制度による支援(育児休業、短時間勤務、テレワーク等)が既に導入されている企業は多いと思うが、より利用が促進されるよう、阻害する要因の除去が進められる必要がある。
 たとえば育休を取らない男性の理由として、個人の意識レベルでは「かっこわるい」「配偶者がいやがる」「職場に迷惑」「昇進に響く」「無給」といったものがあるという。また組織の側から見た問題として「代替要員」「職務の問題」「キャリア・プログラム」といったことがあげられる。個人の前半2つの理由は価値観の部分なので簡単には変えることは難しいが、後半3つの理由は実は組織の問題と裏表になっている。「代替要員」は教員の産休代理講師と同様の短期間正社員による補充が可能であり、キャリア・プログラムは育児・介護・留学等で職務にブランクが生じることを前提としたキャリアパスを設計し、あらかじめ提示しておくことで不安を解消できると考えられる。評価に成果主義を導入する企業が多い中、このキャリアと評価の問題は切実であり、P&Gでは評価に第三者からのフィードバックを加えることで人事評価に透明感を持たせることに成功しているという事例がある。
 そして、運用の鍵になるのは直属の上司である。J−Winの内永氏の女性活用に関する講演の中で、女性活用を進めるにはそれを中間管理職の評価項目にするのが一番確実であるとの話があった。もちろん管理職への教育とセットでなければならないが、そういった制度設計により強制力を持たせることは有効であると考えられる。
 日本生協連の「第5期男女共同参画小委員会」の報告書には、「男女共同参画の視点を重視した事業体の確立」として、「変化に対応し新しい価値を生み出せる人材集団づくり」
「抜本的な人事制度改革により働きがいのある組織づくり」「意思決定の場の女性比率を向上」を方針として上げていた。こういったさまざまな団体の取り組みを共有し合う場を広げていくのも必要である。
 また持続可能性の低い事業計画とワーカホリズムの「不幸な結婚」については、マネジメントを行うトップ経営層にこの事実の啓蒙を行うことが喫緊の課題だろう。長時間労働と病欠や離職率、事業収益の相関の有無を調べ、事実を伝え、経営へのマイナスのインパクトを与える要因として抜本的対策を打つ必要性を理解してもらうところから始まる。
 次に地域での取り組みだ。職場と地域の分断を解き、職場に女性を「返す」ように地域に男性を「返す」ためには、地域の観点でまさにこの生協活動の「男女共同参画の視点を重視した活動の推進」への取り組みが参考となる。地域活動に男性の参加を促すために、「曜日・時間帯に配慮」「家族や夫婦単位で参加できる企画」「男性の関心が高い本格的な趣味の講座(カメラ、ダンスなど)」「助け合い事業の有償活動会員(応援者)の募集」
「広報を通じて男性が参加している点を上手にアピール」といったことを行っている。これはどの地域活動でも応用できる手法であると考えられる。

5.さいごに

 各企業でダイバーシティ経営の議論がされているが、それとの両輪としてのワーク・ライフ・バランスがあると考えられる。個人的には自分の会社には多様な価値観を包含することでイノベーションを生み出す会社であってほしいと考えており、結果として最大限自由な選択の担保が実現された時、新しい時代の幸せな働き方により近づけるのではないかと期待している。そして、そのための「知恵袋」として私たちキャリアカウンセラーを活用していただけるならば本望である。

参考文献:
「ワーク・ライフ・バランス」推進の基本的方向報告〜 多様性を尊重し仕事と生活が好循環を生む社会に向けて〜内閣府男女共同参画会議 仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)に関する専門調査会(2007年7月)

男女で築く地域社会づくりに向けて日本生活協同組合連合会第5期男女共同参画小委員会(2007年5月)

参考リンク:
仕事と家庭の両立支援にかかわる調査(独立行政法人 労働政策研究・研修機構/研究成果/調査シリーズ:2007/08/03)