「足りないものは学校教育でやって」論はもうたくさん

日経BP社の各誌編集長が新年企画でコラムを書いている。その中の日経ビジネスアソシエ編集長・渋谷氏の記事。
2006年、若者の二極化は一層深刻化する 〜“コミュニケーション能力”が明暗を分ける〜

20代、30代の貯蓄性向は高いが、それにもかかわらず、貯蓄する余裕のない人が増えている。この乖離は、多額の貯蓄ができる人とできない人に二極化してしまったと言える。取材現場でもカリスマ店長、販売員、ファンドマネージャーなど、20台で1000万円、 2000万円台の所得を得ている人たちは珍しくない。この二極化はこの数年間で急速に進んでいる。ジニ係数(主に社会における所得分配の不平等さを測る指標。係数の範囲は0から1で、係数が大きくなるほど、不平等さが高いことを意味する)は1984年は0.252に対して94年は0.265、99年は 0.273まで拡大した。ほとんど米国や英国の水準に近づいている。マクロとしても二極化が進む中、ここ数年20台、30代の所得の二極化が鮮明に進んでいる。

バブルがはじけた後に一番割りを食ったのは、実は中高年ではなく、若者だと言える。一流大学を出ても希望する会社に入れない、それどころかまっとうな企業の正社員にすらなれないという事態が続出した。景気が回復してきているとは言っても、大きく構造は変わっていない。就職の時点で二極化があり、それが逆転できないとすると、大きな問題だろう。企業の雇用の形態が、コアとなる正社員と代替可能な派遣労働者という形に変わってしまった。景気改善でもこれは変わらない。多少はパートから正社員への移動の動きも見られるが、大きな改善は期待できない。企業の業績回復は厳しいリストラを通じてもたらされたものだけに、この傾向は今後も続くとみなければならないだろう。2007年問題で中高年が大量に会社を辞めた後も、企業は固定費を増やさないだろう。

ここまではいい。現状分析だし、特に異論はない。
問題はここから先。

日経ビジネスアソシエの読者でも、「コミュニケーション」の特集のスコアが非常に高い。それを伸ばすことがよい仕事につながると思っている読者がとても多い。

「コミュニケーション能力」の特集をした時のアソシエがよく売れるというのは、社会全般に「コミュニケーション能力」に対する強迫感があるからだはないのか。「必要だから身につけよう」という余裕のある姿勢ではなく、「足りないからなんとかしないと」という正体の見えない恐怖感。

統計によると、下流の人たちが重視するのは「自分らしく生きたい」ということ。それに比べ、いわゆるコア正社員の人たちが重視するのは「コミュニケーション」。こころの姿勢の差がはっきりと収入格差につながてしまう。

これは「下流社会」の受け売り。しかもあの本は「統計」としての信頼性は低いと言われているはず。あくまでマーケッターの概念的分析の域を超えないものを「統計」なんて言ってはいけない。何より、そういった「分析」を基にして「こころの姿勢」が間違っているから格差が出る、「下流」なんだ、という風に個人の資質に帰する論はあまり生産的とは思えない。
そして出てくる対策としては、お決まりの「学校教育」。

また、学校教育の中でも知育以外にコミュニケーション能力を磨いていく必要がある。そのためには動機づけが必要だ。中学生くらいから社会との接点を持たせてあげる、何らかの実際の就業体験を与えてあげるべきだろう。社会というものを知らないと「漫画家になれなければバイトでいい」とか非現実的な夢しか持てなくなってしまう。社会には実にいろいろな仕事があり、そのやりがいは顧客とのやりとりやチームワークで成果を出したりすることで生まれるという気づきを早めに与えてあげることが必要だ。

社会との接点を持たせることが大切なのは賛成するとして、他の部分はどうにもすっきりしない。何より今の学校は「知育」だって本当にできているのか。そこですでに「二極化」しているのではないか、という疑問もあるが、それは今は置いておくとして。
足りなくて困っているものを学校という場を使って厚くしていこうという発想そのものはかまわない。だが、それをどうやったら実現できるのか、もっと言えば自分自身は何ができるのか、そこまで踏み込んだ発言をこの手の文章ではほとんど見たことがない。腹立たしいのはそこなのだ。「誰かやってよ」的無責任に見えてしまう。
「自分はこれができると思うのだが」というアイデアが書かれていない限り、ただの長屋評論、もしくは高みの見物でしかない。そんな時期はもうすでに過ぎているはず。もちろん全員が専門家ではないのだから、自分の職域や居住地域の範囲内のことになる。その中で何をすることが廻り回って「世の中をよくしていくこと」につながるのか。正社員の方々は「ニート」「フリーター」「下流」を他人事と思わず、そういったことを一人の責任ある人間として真剣に考えてほしい。
ところで「そういうお前はどうなんだ」と言われるかもしれないが、私の仕事は企業内のキャリアカウンセラーなので、まずは自分の仕事の中で一人でも多く「自分の仕事を一言で語れる人」を増やしていくところから取り組んでいきたい。それが間接的に子供たちにも影響を与えられるのではないかと思うから。