格差拡大トレンドを議論するなら、まずはデータを正しく理解しよう

8月に厚労省が発表した「平成17年 所得再分配調査報告書」についての報道記事はこんな論調のものが多かった。(古い記事のため見出しのみしか残っていないが、ブックマークにクリップしておいた一部記事を引用として書いておく)

■世帯の所得格差、過去最大に…厚労省調査の05年ジニ係数 : 政治 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

厚生労働省は24日、世帯ごとの所得格差の大きさを表す2005年のジニ係数が0・5263で、過去最大になったとする「05年所得再分配調査」の結果を発表した。  同省は、一般的に所得が少ない高齢者世帯の増加が主な要因と見ているが、「非正規社員と正社員の所得格差などが影響している可能性も否定できない」としており

asahi.com:「所得格差」最大に ジニ係数05年調査 - 暮らし

厚生労働省は05年所得再分配調査の結果を24日に公表した。04年時点の所得、税、社会保障の状況について05年に調査・推計したところ、所得格差が広がるほど「1」に近づくジニ係数は、当初所得で0.5263、再分配後で0.3873といずれも過去最高となった。

他の新聞もまあ似たようなもので、「格差過去最大」とまるでハルマゲドンが始まったような書きっぷり。
しかし、元のソースの平成17年 所得再分配調査報告書」の概要(pdf)に書かれている結果は、こういうことだ。

1 税・社会保障の再分配によるジニ係数の改善度は、近年、調査毎に大きくなっており、26.4%で過去最高。なお、世帯単位でみたジニ係数は、当初所得では0.5263 、再分配所得は0.3873 。(高齢者世帯の増加等により当初所得ジニ係数は年々大きくなっているが、再分配所得ジニ係数は平成11年調査以降0.38 台で推移している。)#強調は管理人

当初所得が低い階級ほど再分配係数が大きい。

3 再分配係数は、高齢者世帯では337.3%、母子世帯では30.5%。

再分配所得当初所得を上回るのは世帯主が60歳以上の世帯。

5 世帯員単位の所得分配状況を、ジニ係数で見ると、等価当初所得は0.4354、等価再分配所得は0.3225。再分配所得によるジニ係数の改善度は25.9%。

6 等価再分配所得が等価当初所得を上回るのはおおむね60歳以上の世帯員。

つまりこれは、「所得再分配はうまく機能していて、所得の低い人により多く再分配されていますよ」という報告なのだ。こうなるのも当然で、これはあくまで「所得再分配」についてのレポートであり、格差についてのものではないのだから。
ちなみに「当初所得」とは、世帯単位の数字そのままで、「等価当初所得」は世帯構成員一人当たりに換算した数字である。世帯の構成員が少なくなるほどジニ係数も大きくなるため、こういった換算が必要になるのだが、新聞記事で使われている「0.5263」と言う数字はあくまで「当初所得」のものであることをご注意いただきたい。

この件についてもう少し丁寧な記事を書きたいと思いつつ書けずにいたが、本日NB Onlineに載った「所得格差拡大論の誤謬」という記事が私なんかよりはるかに的確に書いてくれているので、今日はそちらをご紹介するに留めたい。

まず、上記で私が指摘した当初所得とそれ以外の数字についての解説が詳細にある。

 報告書によると、「当初所得」のジニ係数は1993年の0.4394から2005年の0.5263に上昇した(格差が拡大)。多くのメディアはこの数字だけを拾って「格差拡大」の見出しを掲げた。当初所得とは税金や社会保険料の支払いと公的年金や医療費などの給付を加減する前のグロス所得である。

 純所得はこれら支払いと給付を加減した後の「再分配所得」で見る必要がある。再分配所得で見ると、ジニ係数は1993年0.3645から2005 年0.3873となり、係数の絶対値が当初所得よりも低い(格差が少ない)だけでなく、格差拡大の幅もずっと小さい。税率や社会保険料率が変化しなくても、高齢化が進むと公的年金や老齢医療給付の受給が増えるので、所得の再配分調整が大きくなるのは当然の結果だ。

 世帯の所得格差の実態を見るためには、世帯構成員数の違いも勘案しなくてはならない。単身世帯で年間所得700万円と、4人家族で700万円では、生活の余裕がまるで違う。そこで世帯構成員数の違いを調整した「等価再分配所得」で見ると、ジニ係数は1993年0.3047、2005年 0.3225となり、さらに格差の水準も変化幅も小さくなる。

また、若年層の格差についてはこのようなコメントをしている。

 ただし、格差拡大の兆候が全くないわけではない。20代から30代前半の若い層では、「就職氷河期」に正規雇用に就けず、フリーターなどになった人の増加で所得格差拡大の微妙な兆候はある。しかし景気回復が続いて再び正規雇用採用が増えているので、この兆候がトレンドになるとは断定できない。

もちろん統計資料には何らかの意図があると言う可能性は否定できないこともこのように意識に留めての上の話だ。その上で反証に耐えうるデータを、民主党などは用意して議論するべきでは、と提言している。

 念のために言い添えると、私はこうした政府統計を絶対視しているわけではない。公正に作られたどんな統計でもある意味で一面的であり、特有のバイアス(歪み)が避けられない。あるいは、こうした日本のマクロ統計を政府による「やらせ統計」だと考える方もいるかもしれない。

 ならば、日本の野党も「格差是正」を政策論争の目玉に掲げる以上、格差の実態について民間のシンクタンクなどを使って調査し、政府統計を覆すような実証データを提示すべきだろう。米国では与野党とも主要な政策争点ではシンクタンクや議会の委員会リサーチスタッフを利用して、少なくともその程度の調査はやったうえで政策論争しているのだ。

そのあと筆者はIMF国際通貨基金)の調査リポート(World Economic Outlook Oct.2007、「グローバル化と不平等」)を引いてきて、国際的な格差の様子を示した上で、真に懸念されるべきは「IT(情報技術)を含む技術革新と教育機会の普及度合い」であるとし、日本についてこのような提案をしている。

 私は「日本では格差が拡大していないので、何もしなくてよい」などと言っているわけではない。正反対である。

 もし、IMFのこの分析が正しいとするならば、日本がグローバルな経済競争と格差拡大トレンドに抗して行うべきことは、第1に若い世代の教育である。第2に技術革新の結果陳腐化した労働力の再訓練である。双方に対する財政と民間を挙げた投資が必要だ。

 日本国民全体の教育、技能水準を一層引き上げることで、世界的分業体系の中で日本が一層高付加価値部門にシフトすることが政策目標となる。そのためには財政支出も惜しむべきではなかろう。

 もっと具体的に言うと、教員の数を増やし、給料を引き上げてもよいではないか。その代わり、定期的にスクリーニングして不適格な教員には辞めてもらおう。グローバル化時代を担える人材を増やすべきならば、海外留学を志す若い世代10万人に年間200万円の支給を政府がしてもよいではないか。そのコストはわずか2000億円であり、F-15戦闘機8機分に過ぎない。

こちらの方が、極端な事例を引っ張りだしてきては「格差拡大」と叫ぶ論調よりずっと地に足がついた議論のように私には見えるのだが、どうだろう。

とにかくマスコミが政府系の発表を報道する時は、彼らのストーリーに合う見せ方しかしないので要注意だ。可能な限り必ず元データに当たるようにしているし、幸いにも今は官庁もプレスリリース当日に報告書本文を上げてくれることが増えている。少々の手間をかければ騙されずに済むのならば、惜しむことはないと思う。