日本社会心理学会第52回公開シンポジウム「幸福で豊かなインターネット社会のために,われわれができること,すべきこと」メモと雑感

昨日掲載した日本社会心理学会シンポジウムに出席してきた。以下メモと雑感を。

1.日本社会心理学会会長挨拶
大坊郁夫氏(大阪大学大学院人間科学研究科)

2.サイコロジスト(心理学者)側からの話題提供
◆「サイコロジストはネットワーク・コミュニケーションにどう対してきたか」
三浦麻子氏(神戸学院大学
(当日配布された「日本社会心理学会会報」コピーでの案内文より抜粋:引用部以下同様)

ネットワーク・コミュニケーションが、対面コミュニケーションでは難なく得られるさまざまな手がかりが失われた状況として位置づけられ、その「喪失」が何をもたらすのかが実験的に検討されていた頃に始まって、実際に多くの利用者たちの日常的な行為が息づく調査・観察空間としてインターネットを捉える研究に至るまで、インターネット心理学の研究史を振り返ります。

・昔はニフティ・サーブの心理学フォーラム(FPSY)で利用者調査や投稿内容の分析が行われた。また新進気鋭の学者達が会議室のボードオペをつとめ、自らが積極的にCMC(Computer Mediated Communication)の参加者となっていた。(学会理事の川浦康至さんなど)
・90年代には個人サイト設置や三重大学の故・廣岡秀一氏による心理尺度データベース作成、柴内康文氏による啓蒙サイト「血液型を書くのはやめましょう」などの活動が活発化
・インターネットの普及がほぼ完了し、研究者達のプロフィール情報や業績リスト、論文PDFなどのオンライン情報検索は飛躍的に拡大
・研究ツールとしてのインターネット利用は当たり前
・しかし社会貢献的な意味での個人による積極的なCMCは減少気味ではないか

◆「ネットワーク・コミュニケーションは豊かな社会を支えるか:社会関係資本の観点から」
小林哲郎氏(国立情報学研究所

社会にとってのインターネット利用の意味合いについてお話をいただきます。特に近年社会科学の諸分野で研究が進められている社会関係資本という概念は、人と人とのつながりに注目している点において、ネットワークコミュニケーションと密接な関係にあります。この関係に注目し、携帯メール利用とPCメール利用の社会的帰結の違いや、多様なオンラインコミュニティの中で社会全体にとっても有益なのはどのようなものなのかといったテーマについて、実証的研究のご紹介をいただきます。

・インターネットがもたらす負の側面→パーソナライゼーションによる「見たいものだけ見る」現象
・公共性の担い手のない社会?
・「公共性」を担保する社会的寛容性→「メタ合意(Agree to disagree)」(差異を認めた上で、異質な他者の存在を許容すること)
・異なる社会間リアリティ→インターネットはブリッジ足りうる
・閉鎖ブリッジとしての携帯メール利用(携帯メール利用は社会的寛容性と負の相関)
・開放ブリッジとしてのPCメール利用(PCメール利用は社会的寛容性と正の相関)
・オフラインと連続性の高いオンラインコミュニティは参加の時点で同質であり、社会的寛容性をはぐくまないが、連続性の低いオンラインコミュニティは当初一点の共有できるコンテクストで集まるが、その後異質性が明らかになっていき、社会的寛容性にプラスの効果が見られる
・「幸福で豊かな」インターネット社会のためには、異質なリアリティや人々に「出会ってしまう」アーキテクチャーや制度的基盤が必要

◆「未来を担う子どもたちのインターネット利用:社会の現況と影響研究の動向」
坂元章氏(お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科)

近年では 子どもにインターネットの利用が急速に普及し インターネットを悪用した犯罪に子どもが巻き込まれるのではないか、インターネット利用によって子どもの発達に悪影響があるのではないかなどについて心配されています。坂元さんには 子どものインターネット利用の実態について報告していただくとともにそうした問題に対する社会的な取り組みや、インターネット利用が子どもに及ぼす影響に関する研究についてご解説いただきます。

・子どもとネットの心理学研究としては、ケータイと人間関係の研究が最も研究されてきた
・結果は、「人間関係希薄化論」への反論となるものが多かった
人間関係を充実させるが、留意点もいくつかある(不安感の問題、PCメールと違い親密な相手とのやりとりが多いこと 等)
お茶の水女子大学の研究1(中学生から大学生で5つのパネル研究※同一集団に時間を替えて何度も調査)
 ケータイ使用と友人数(増加傾向)
 中学生のケータイ使用と孤独感(低減傾向)、対人信頼感(高める傾向)、ソーシャルサポート(増加傾向)
 高校生のメール使用と自己開示(増加傾向)
 中学生は密着性低、高校生は密着性高
 ケータイメールはオフラインとオンライン両方の人間関係を伸ばすが、PCメールはオンラインの人間関係を伸ばす
お茶の水女子大学の研究2(小学生から高校生でパネル研究)
 ソーシャルスキルの低い人に攻撃性と抑うつの高まりが見られる
 攻撃性の強まり(怒り、敵意、言語、身体)
 小学生とソーシャルスキルの低い一部高校生で抑うつの強まり
 ソーシャルスキルが低いとネットでの人間関係がうまく作れず、トラブルとなる
・安全を守ると同時に恩恵も守るべき
・しかし実証研究者の存在感は薄い

3.ジャーナリスト側からの話題提供
◆「サイコロジストは「参加者」としてインターネット社会にどうアプローチすべきか」
岡本真氏(Academic Resource Guide編集長)

多くの学術研究者たちは、自分たちのローカルな世界例えば学会誌では活発に研究成果を発表していても、それを真の意味でpublish する、すなわち広い世に問うことがあまり得意でないようです。特に、社会心理学という学問領域では、研
究成果を社会に還元することも研究の一部だといってもいいはずなのに、です。
インターネットはこうしたニーズにうまく使えば、大きな効力を発揮する伝達ツールであることは自明ですが、残念ながらそうした意欲的な試みをしようとする風潮は、インターネットがわれわれのもとにやってきた当時と比べると、むしろ退化しているのではないでしょうか。こうした点について、遠慮なくご指摘とご提言をいただければと思っています。

・プレゼンスの向上が必要
・発信事例〜血液型性格判断についての情報発信や血液型ファンサイト(ABO FAN)との対話(「ABOFANへの手紙」)
・ネットにおける社会心理学者のプレゼンスは低下傾向という印象→プレゼンスの問題
・発信が盛んだった時代は個人の自主的発信。時代の経過に従い個人負担の限界が見えてくる。
・受け皿としての学会の役割の重要性
・なぜ語らないのか、なぜ語るのか

◆「サイコロジストは「研究者」としてインターネット社会にどうアプローチすべきか」
佐々木俊尚氏(ITジャーナリスト)

佐々木さんの論考の最大の魅力は、それぞれの書籍がすべて綿密で精力的な現場取材に基づくものであることで、おそらくどの書籍を手に取られても、その取材力と分析力に驚嘆されるものと思います。個人的には「フラット革命」(講談社)をもっとも強くお勧めします。そんな佐々木さんが現代社会とインターネットの関わりについて、今何を考え、何をもっとも重要視しておられるかを伺うことは、サイコロジストが現状・将来の社会生活を幸福で豊かなものとすることを目指して研究対象としてインターネットに関わる際に何をなすべきかを考えるための、大変貴重な機会になると考えています。

下流の中の階層化→下流の中にも勝ち組、負け組がいる
・地域で「ジモティ」として生き残れる人達はソーシャルスキルがある人達。それができない人達、小学校からいじめにあった人達が地元を出ざるを得ない。
・アカデミックな方々からはおそらく遠いネットの世界のひとつが、ケータイ小説
ケータイ小説がベストセラーになる背景は、使用メディアの変化と共同体意識の変化
・これまでの小説読者はいわゆる「読書好き」で、全国で100万人程度。ここでは10万以上のヒットは生まれない。ケータイ小説アーキテクチャーの拡大であり、ケータイのソーシャライズにより新しい小説マーケットを作り出した。
・膨大な日本のマスは「田舎」
ケータイ小説作者にインタビューしたが、典型的な人達は田舎の主婦で自宅とパート先だけの狭い世界を生きている。美人、でも写真は決して正面からは撮らせない
・アキバの事件後、ネットの議論で「承認」がクローズアップされている。他の誰かに全人格的に認めてもらうことへの渇望。自分自身はそういうことを「接続」や「つながり」という表現にしてきたが、彼らにとっては「承認」という重い言葉じゃないとその心情を表現しているとは言い難いようだ
・細分化された世代間の差異や階層化を社会心理学者はどうとらえるのか

4.パネルディスカッション
(全体ではなく、メモした部分のみ)
司会(三浦氏):異質に出会うしくみとは具体的にどういうものが考えられるか
小林氏:共有しているものの追求。たとえば韓流ファンの交流は初めは作品や俳優についてのものが、だんだん教育や生き方の周辺の情報交換に広がってくる。共有しているものがあると周辺部分の異質さを受け入れやすくなる。
重要なのはweak ties(弱い紐帯)を適宜容易にactivateしていくしくみ。

佐々木氏:普遍性を排除する二重のデバイドがある。メディアのデバイドと社会階層(世代+都市部と地方)。

坂本氏:社会心理学には有名なジグソーグループという手法がある。お互いが協力しないとできない課題を与えるもの。

岡本氏:ネットの承認は極端に言えば機能的な面からのもの。使える、役に立つという判断。日常生活ではそこだけの判断というのはされないので、最初そういう事態に直面した時は非常に衝撃だった。

佐々木氏:ネットでの人格は多面体。それを同時多発的に露出できる。一方リアルの関係は全人格で無条件に承認。だからどちらも必要。

川浦氏:社会心理学会ホームページは2009年4月にリニューアル予定で検討中。岡本氏からの提案も考慮に入れたい。

佐々木氏:どういうテクノロジーが求められているのかを社会心理学者から技術側に情報発信してほしい

岡本氏:これまでの社会心理学の知見を活かして、驚きのある発見モデルをウェブ上に構築する提言をしてほしい

小林氏:工学系の人と密に手を取り合っていきたい

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メモはここまで。以下雑感。

・問題の性質上やむを得ないのだろうとは思うが、どちらかと言うとサイコロジスト側の話よりも、ジャーナリスト側からの問題提起の方がリアルで迫力があった。岡本さんの「なぜ語らないのか、なぜ語るのか」という問いかけは学者だけでない我々にも我が身を振り返らせるものだったし、佐々木さんの話はCNETのブログ「佐々木俊尚 ジャーナリストの視点」などで私には既知の話題(ケータイ小説とか、最近はてなで話題の「承認」ネタとか、「非モテ話」とか)が多かったが、会場はけっこうどよめいて反応していた。
・サイコロジスト側では、国立情報学研究所の小林さんの話が示唆に富んでいて、私は興味深く聞いた。修論にも使えるかも、と思いながらメモ。業績にあった、社会心理学研究の24巻(2)に掲載予定の「PCによるメール利用が社会的寛容性に及ぼす効果:異質な他者とのコミュニケーションの媒介効果に注目して」を早く読んでみたい。「オンラインゲーム内のコミュニティにおける社会関係資本の醸成:オフライン世界への汎化効果を視野に」という論文で2007年度の社会心理学賞の奨励論文賞も受賞されており、個人的に注目の若手学者さんを発見できた。
・研究成果が世間との接点を持っていないのはなぜなのか、という疑問がどうしてもぬぐえない。坂本氏のケータイに関する調査なんかは私は初耳のものだった。それはもちろんこちらの勉強不足もあるのだろうが、プロフィールを拝見すると「 2006年4月〜2007年3月 警察庁バーチャル社会のもたらす弊害から子どもを守る研究会」委員」とあり、社会的な活動もされているのだ。それがなぜアナウンスされないのか、非常にもったいない。(もしかしたらそれはお上の意向に沿う「御用学者」としては役に立たない、という判断をされたという可能性もあるが)
・アカデミックな方々が論文などの成果を求められ、なおかつ学校事務で非常に多忙になっているのは自分のところの先生方を見て実感している。しかし、岡本氏も発言していたが、事件が起きるたびに「自称」心理学者の方々が訳知り顔で容疑者の心理について「解説」(たいていは「心の闇」という結論)を量産しているのに正直うんざりしている。既存マスメディアとのかかわり方や、自分達でメディアを持って発信することについてそろそろ真剣に取り組む時期ではないかと思う。
・私が大学院に進学して文献調査をするようになり驚いたことのひとつが、「世の中にはこんなにいろんなことについてこんなにも研究論文がたくさんあるのか」ということだった。版権の問題をクリアしながら、引用利用などのルールを明示してもっと容易に各種論文にアクセスできるようにできないものなのかと考える。そこでレーティングなどもされれば、アカデミックな方々を苦しめている(?)「評価」の新しい側面とすることもできるかもしれない。CiNiiなんて、研究者以外の普通の人はまず知らないのだから。
・会場になった学術総合センター 一橋記念講堂は非常にきれいで、座席にメモ台もある快適な設備だった。にもかかわらず、空席が目立ったのに正直驚いた。これはあまりに寂しすぎる。せっかく「幸福で豊かなインターネット社会のために,われわれができること,すべきこと」というタイムリーで関心を集めそうなテーマなのに、もったいない。

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