同時多発的格差論議

山口浩さんの「H-Yamaguchi.net」と大竹文雄さんの「大竹文雄のブログ」で、所得格差についてのエントリがほぼ同時にアップされていた。

賃上げより前にやるべきこと(H-Yamaguchi.net:2006/03/16)

若者の所得格差拡大大竹文雄のブログ:2006/03/20)


大竹さんのエントリでは、所得格差が近年顕在化してること、そしてそれが生じた原因は非正規就業や失業が増加したことであり、さらに「若者の間の所得格差を心配し、それを解消する手立てを考えるためには、非正規就業が増えた理由を考える必要がある」として、以下のようにわかりやすく解説している。

 本質的な理由は、景気の悪化に伴い労働需要が低下したことが原因である。そして、その労働需要の低下が新規採用の抑制という形で現れたのである。あなたがある企業の労働組合の委員長をしていたとしよう。経営側が、人件費カットに協力を要請してきたとする。(A案)「正規社員の新規採用を継続しながら一律10%の賃金カットによる人件費カット」か(B案)「正社員の賃金は現状維持のまま正規社員の新規採用をストップして人員不足はパートで補うことによる10%の人件費カット」を提示された場合に、組合としてはどう対応するだろう。

 新規採用者は現在の組合員ではないので、新規採用ストップに反対する組合員はだれもいないのではないか。正規社員を採用するために賃金カットを受け入れてくれと組合員を説得することはなかなか難しいことだろう。結局、どの企業でも(B案)の採用抑制とパートへの置き換えによる人件費カットを選ぶことになる

山口さんも若年層の雇用機会の不足について、企業の選択の結果としてこのように分析している。

これまで若年層の雇用機会が極端に不足していたのは、企業が「既に雇われている人たち」の雇用維持を最優先にしたからだ。これは、必ずしも経済原則にしたがったものとはいえない。もちろん、新規に雇用するより既にいる従業員を使いまわすほうが暗黙知を生かすなどの点で有利だということはある。しかし、企業の現場を多少なりとも知る者としていわせてもらうと、実際のところは、そういった合理的な理由というよりも、現在既に雇われている人を厚く保護する労働法制の影響のほうが大きいような気がする。雇われているのは、より付加価値が高いからではなく、既に雇用されているからだ。つまり、労働市場において、市場万能主義が跋扈したことではなく、法制度のために市場メカニズムが働かなかったことこそが、雇用機会の世代間不均衡をもたらしたのではないか。

図らずも似たような切り口からお二人が問題を整理していて少々驚いたのだが、世の中で起きていることを冷静に分析するとこういうことになるのだろう。結局世の中の変化のスピードが早く激しいため、これまでの「既得権を守る」姿勢から「相互扶助でリスクを下げる」姿勢でより多くの人の幸福を追求する時代に変わってきているのではないか。
「既得権」というと官僚や一部の「持てる人」だけの「他人事」として捉えがちだが、今後は一定の収入を持つ人達にはすべて「自分ごと」となっていく。今手にしている利益を「既得権だから」と言って守ることが、格差を放置することで社会不安を招き、また次世代に負の遺産を残すことになり、結果的には利益ではなく不利益を招くことになるのだから。好むと好まざるとにかかわらずそういう世の中になっているのだろう。


取りうる対策としては、大竹さんは労働経済学の視点から「景気回復」「既存労働者の既得権を過度に守らないようにすること」「既存労働者が実質賃金の切り下げに応じやすい環境を作ること」「既に、長期間フリーターを続け、職業能力が十分に形成されていない若者に対して、積極的な職業紹介や教育・訓練を行っていくこと」ということを提言し、山口さんは市場経済学の視点から、組合には「賃上げよりもまず雇用機会の拡大をめざすべき」そして政府にはこのような(現時点ではドラスティックと思われる)政策を提案している。

「過剰」な労働者保護を切り下げ、「既に雇われている人」と「これから雇われる人」との公平を保障するための法制を検討することではないだろうか。つまり、今必要なのは、資源の再配分よりも公正なルール作りだ。具体的には、たとえば非正規雇用の人たちの給与水準を、同じ仕事の常勤雇用者のそれより低くすることを禁止することなどが考えられる。これは、つまるところ、労働市場におけるリスクとリターンの関係を「正常化」すべきということだ。同じ仕事で、リスクの高い(雇用が守られていない)労働条件の人は、リスクの低い(雇用が守られている)労働条件の人より高いリターン(給与)を得るべきだ。その差額はリスクプレミアムとみることができる。

ポイントになるのは「既存労働者が実質賃金の切り下げに応じやすい環境を作る」部分だろう。ここは今後より現実的な検討が必要となる。生活レベルを落とすことへの抵抗は半端ではないはずだから。


詳細はそれぞれのエントリをお読みいただきたいが、このお二人のエントリを読んでやっと格差の「からくり」の一端が見えたような気がした。フリーター・ニート問題を正面から政策として対策を打つには、やはりこの「既得権問題」は避けて通れないものになるのだと思う。
(一方、ここに真摯に取り組むことで、労働組合は今後の存在意義を持つことができるのではないかと思っているのだが、それはまた別のところで。)