「職場学習論 仕事の学びを科学する」中原淳 著

Learning bar(組織学習・組織人材の最先端の話題をあつかう研究者と実務家のための研究会)などで、今教育学の分野で注目を集めている東京大学中原淳先生の最新著書であり初の単著。

実際にデータを分析し、その統計数値も紹介した上で「職場における学習」について明らかにしていく。

統計数値などになじみのない方は、まとめと考察だけを読んでも内容は充分に伝わる。調査手法や質問項目、記述統計も書かれており、学術論文と論述の組み合わせのようになっていて、研究者にもありがたい構成になっている。

個人的に興味深く感じたのは、働く人(主に若年層)の学習には上司のみならず先輩、同僚など、職場の様々な関係性の人達が様々な役割を持っていることを定量的に実証した点。そして、上司の役割として大きいのがピンポイントの精神支援・内省支援であり、業務への支援は同期・同僚などヨコの関係であった点。そして上位者・先輩も内省支援であった点。この点について様々な解釈ができると思うが、私が個人的に感じたのは垂直関係のOJTが成り立たなくなっている現状である。

OJTが盛んに実施されているであろう若年層で、内省支援はともかく業務支援もヨコの関係から支援の実感を感じているというのは、果たして職場の機能として本当に正しいのだろうか。先輩に聞きたいのに聞けず同期間で情報をやりくりしてようやくついて行っている、そんな姿が想像できないか。

現場のOJT任せで本当にいいのか、という問題意識はこれまでもあちこちから議論されていたテーマではあるが、この分析で図らずも「OJT」そのもののあり方を見直す必要性が明らかになったのではないかと感じている。一度解体し、「On the job training」ではない総合的な学習支援のコンセプトを組み立て直すことが今必要だと強く思う。

それから、職場内での成功体験談、失敗体験談の「話し合い」が能力向上に資する、そして組織レベルの信頼が成功体験談、失敗体験談の「能力向上」に対する効果を押し上げるという点。体験談はどうしても「偉い人の訓話」になりがちな中、こういう実証結果があると「一方的に話を聴くだけでなく、話し合いにしましょう」と提案しやすくなり、有り難い。そして「信頼」。信頼がないと、成功例は盗まれて失敗は評価を下げる元になる、ということでそもそも話に出すこともないだろうし、仮に話し合いがあったとしても核心部分は触れないだろう。聞いてる方も「どこまで本当なのか」と思いながら聞いたりして、せっかく聞いたことも受け流し、充分に吟味しないまま話し合いは形式的に終わる、という可能性は大きいと思われる。

職場での能力向上支援をより有効にするために効果的な信頼と互恵性をどう獲得するのか。従業員満足度調査の結果が低調な場合、たいていはこの二つも低いものと経験的に推測される。お互い信頼がなく、フリーライドされる被害者意識で疑心暗鬼になっている職場。マネージャー一人の奮闘で変わるものではないだろう。ではどうしたら。

正直、これに対する解は今持ち合わせていない。ただ、ヒントになるのは「裸踊りの二人目」かもしれない、と今ぼんやりと考えている。「裸踊り」とは鳩山前首相の発言で一躍注目されたTEDでのデレク・シヴァーズ講演「社会運動はどうやって起こすか」のことである。

リーダー一人だけの状態では運動は広がらない。しかし、フォロワーが現れると、三人目以降はばっと広がっていく。これまでの施策では各組織のリーダーだけにアプローチすることだけがなされてきた印象がある。それでは限界があることは明らかで、今後はフォロアーも作り出す施策、研修で言えば二人同時に受けてもらうような、そんな方法を考えてみるというのはどうだろう。それから、全員の意識を変える事は難しいので、何人かオピニオンリーダー、空気を動かすリーダーになる人に信頼と互酬性がインセンティブになるようなことを試してみる。そうやって仲間を増やしていくことで、プラスのスパイラルに転換するということを考えてみた。

もちろんこれは机上の論理で、実践は行っていないため効果がどのくらいあるかは未知数だが、従来のマネジメント論やリーダーシップ論は行き詰まっていることを前提として、違うアプローチを試す時期に来ているのだと思う。

最後に、巻末で新たな研究領域として挙げられている「職場外の学習」も個人的に非常に興味深い分析だった。
「日々の仕事の中でかかわりの深い人についての回答で、「職場の人」と「社外の人」両方をあげている人は「視野の拡大」が進んでいる、つまり、視野拡大をもたらすためには職場内外の異質な他者と出会い、対話することが重要なのではないかと推測できる。」という知見は、自分の組織でのソーシャルネットワーク研究ともつながる内容であり、引き続き追いかけたい。

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以下、自分用のメモとして主に6章のまとめから概要を抜き出すが、職種別の支援・能力向上のデータ分析などもされているので、興味のある方は別途お読みいただければ。

◆筆者が本書で最も主張したかったこと(「第6章 『職場における学習』を振り返る」より)

人材育成、いや、人間の学習や成長に対する<他者>の重要性
自己に完結せず<他者>に開かれていること、<他者>の介入やつながりの中にあることで、私たちは成長できる

◆リサーチクエスチョン(この研究で明らかにしたいこと)

1) 人は職場で、どのような人々から、どのような支援を受けたり、どのようなコミュニケーションを営んだりしながら、業務能力の向上を果たすのか。

2) 職場における人々の学習を支える他者からの支援やコミュニケーションに影響を与える、職場の組織要因とはどのようなものか。

◆本書における用語定義
「他者」→仕事を達成する中で関与のある人
上司、上位者・先輩、同僚・同期、部下、社外の顧客、協業者、勉強会・交流会で出会った人々 等

「学習」→経験によって、比較的永続的な認知変化・行動変化・情動変化が起こること

「支援」→何らかの意図をもった他者の行為に対する働きかけであり、その意図を理解しつつ、行為の質を維持・改善する一連のアクションのことをいい、最終的な他者のエンパワーメントをはかること

「職場」→責任・目標・方針を共有し、仕事を達成する中で実質的な相互作用を行っている課・部・支店などの集団

◆結果

◎どのような支援を受けているか
「業務支援」業務に関する助言・指導
「内省支援」折に触れ、客観的な意見を与えたり、振り返りをさせたりすること
「精神支援」折に触れ、精神的な安らぎを与えたりすること

◎どのような能力を向上させているか
「業務能力向上」「他部門理解向上」「他部門調整能力向上」「視野拡大」「自己理解促進」「タフネス向上」

◎どのような他者からどのような支援を受けているか

・能力向上に資する支援

上司→精神支援、内省支援
上位者・先輩→内省支援
同僚・同期→内省支援、業務支援

※人は職場で様々な人から様々な支援を受けて成長する
※上司の機能は経験学習のファシリテータとストレスマネジメント

◎支援を可能にする組織要因とは何か

互酬性規範(困ったときにお互い助け合っている、他者を助ければ今度は自分が困っているときに誰かが助けてもらえるように自分の職場はできている といった規範)

※異種混合の支援を可能にするのは分かち合い・助け合いの風土

◎職場内のコミュニケーションは「能力向上」にどのような影響を与えるのか、またそれは職場の風土のどのような影響を受けるのか

・成功体験談、失敗体験談の語り合いがいずれも「能力向上」に資する
・組織レベルの信頼が成功体験談、失敗体験談の「能力向上」に対する効果を押し上げる
・組織レベルの互酬性規範の成功体験談、失敗体験談に対する効果は限定的

※1×1の支援行為は助け合いや協力の程度といった互酬性規範がメンバー間に共有されているかが重要
※n×nの職場内の情報共有は職場メンバー間の信頼が重要になる

職場学習論―仕事の学びを科学する

職場学習論―仕事の学びを科学する

内容紹介

人生の多くの時間を費やす職場での学びが人間形成に果たす役割は大きい.アンケート調査とヒアリング調査によって得られたデータに実証的アプローチを施すことで,これまで見過ごされ,印象論でしか語られてこなかった職場の学習プロセスに寄与する要因を解明する.

主要目次

序章 職場の中の学習をとらえる

第1章 「職場における学習」の背景をさぐる
1.1 本書の社会的背景/1.2 本書の理論的位置づけ/1.3 研究の枠組みとリサーチクエスチョン/1.4 調査データと分析対象/1.5 第1章で明らかになったこと:職場における学習の意義

第2章 職場における他者からの支援
2.1 他者からの支援/2.2 誰からどんな支援を得るのか?/2.3 職種と他者からの支援/2.4 第2章で明らかになったこと:支援3つの柱

第3章 職場における能力向上
3.1 能力向上の構造/3.2 能力向上の実態:職種による違い/3.3 第3章で明らかになったこと:職場における能力向上

第4章 誰からのどのような支援が能力向上に資するのか?
4.1 分析の前に/4.2 分析1:誰からの支援が能力向上に資するのか?/4.3 分析1のまとめ:誰からのどのような支援が能力向上に資するのか?/4.4 上位者・先輩、同僚・同期からの支援に影響を与える組織要因/4.5 第4章で明らかになったこと:3つの支援と能力向上の関係

第5章 職場コミュニケーションと「能力向上」:業務経験談に着目して
5.1 職場における学習リソースとしての業務経験談/5.2 業務経験談に影響を与える組織要因/5.3 分析の前に/5.4 分析/5.5 分析結果/5.6 分析結果のまとめとマネジャーの振るまい/5.7 第5章で明らかになったこと:業務経験談と能力向上の関係

第6章 「職場における学習」を振り返る
6.1 本書の問いを振り返る/6.2 本書の理論的貢献/6.3 新たな研究領域の萌芽:職場外の越境学習の解明に向けて/6.4 結びにかえて

あとがき/参考文献/索引